汚れの大半を占める水性汚れが解決するまで

衣類の立体縫製は、ヨーロッパ文化ですが、歴史が深いものではありません。大変なパーツの数に加え、複雑な計算で導かれた曲線を駆使して作られるのですから、中世の貴族社会が確立するまで登場しませんでした。それまでは、やはりアジアと同じような直線裁断による衣料品しかなかったようです。ただし、アジア、日本のように、「無い合わせる」とことは稀だったのです。衣(きぬ)をまとっただけです。ヨーロッパではシルク織りは12世紀頃からです。衣類への普及はありませんでした。シルクロードが開発整備され、アジアのシルクがヨーロッパへ移動したのです。ですから、上着はウールです。

 

wool

ウールは水、アルカリ両者に非常に弱いので始めから洗濯が視野になかったことから、体にフットする複雑な洋服が生まれたのです。水を使用しない、ドライクリーニングが行われるようになったのは、1849年、フランスのジョリー・ボランによる発明とされています。テレピン油が油汚れを溶かすことを発見し、洗濯に利用したことになっていますが、もっと古くから行われていました。テレピン油は植物由来の揮発油ですが、その前から、ランプ、油絵の具など、いたるところに揮発油が溶剤、燃料として使用されていたので、初めてというのは条件付きです。油彩画の方がずっと歴史は古く、絵の具を溶かしていたのに染み抜きに使用しなかったとは考えにくいのです。揮発性、可燃性油を大規模に使用して豪快に洗濯すること自体が奇想天外であっただけのことです。いずれにしても、ドライクリーニングで、一応決着はみたものの、汚れの大半を占める水性汚れは解決できませんでした。一説には、ヨーロッパで油絵が開花し、アジアでは水彩画であったのは、「洗濯技術」による違いではないかと言われていますが、私は、その話に信ぴょう性を感じています。「ある日、テーブルクロスにテレピン油が零れ、クロスの模様が消えた。」なんて信じられるはずありまえん。どうやってその模様を描いたの?染料は?

 

ありがたいことに、日本では、クリーニング業を営むにあたって、厳しい法律で規制されていて、非常に安全です。いいことです。ドライクリーニングで使用する溶剤の成分は上で示した広報ページには出てきません。危険物乙4類と同時に、毒物、劇薬だからです。これの使用は、厳しい審査基準をクリヤした機械で循環運転されています。一切、外部環境への放出は禁じられています。

 

ドライクリーニングが事実上家庭では不可能な洗濯法です。しかし、本格的に汚れを落とすには水を使用せねばなりません。プロフェッショナルは、それができる技術集団です。ランドリークリーニングが家庭の洗濯に最も近いものです。もう一つ、クリーニング業者の腕が試されるのが「ウエットクリーニング」です。一見お湯で選択しているだけのようですが、その方法は、手間がかかるプロの技ですから門外不出なのです。