ドライクリーニングが発明されるまで

水を媒体として洗濯する方法は、動物繊維には使用できませんでした。特にウールは、水だけでも、繊維表面組織が開いてしまい、ミクロ単位で隣の繊維ともつれ合い、フェルト化現象で縮んでしまいます。ここに、界面活性剤のアルカリが加わると、不可逆的に変形し衣料品でなくなります。綿花の普及が進まなかったので、植物繊維は麻だけでした。麻も水に弱いのです。麻は非常にたくさんの水分を吸収し膨張しますが、急速に乾燥するので、その太った分が生地に隙間を作り、しわくちゃペラペラな生地となってしまいました。それでも、ウールよりはマシですから、こちらを重用されたのですが、洗濯に適した界面活性剤が見つからなかった頃は、「尿」を発酵(腐らせる)させて、濃度の濃いアンモニアとして使用していたのです。

 

roma

ローマ帝国の時代、労働もさる事ながら、洗濯行為そのものが忌み嫌われる作業だったので、常に戦勝国であるローマの潤沢な動力としての奴隷が使用されたということです。植物由来の「サポニン」が界面活性剤として存在していましたが、質、量共に、洗濯の用にはなりませんでした。早い時期に、アク(灰汁)が強いアルカリであること知ったローマ人は直ちに「尿」による洗濯は止め、アクで行いました。国家が「止め」と言うことは、罰則を伴う命令だったのです。ですから、尿洗濯は歴史ではほんの短い期間でしか行われていません。ただ、洗濯薬剤が汚れを意味してもおかしくない「尿」であったことが、浮き彫りとなって伝わってしまったので「昔はおしっこで洗濯をしたんだよ。」とかの話になるのですが、日本の史実には記紀(日本書紀、古事記両方を指す言葉)を含めて登場しません。

 

古い日本では、衣類に使用する繊維に羊毛はありませんでした。麻などの限られた植物繊維が一般的でしたので、洗濯はローマ帝国と比べれば頻繁に行われたようです。動物繊維としてのシルク(正絹)と繭(まゆ)の廃物である真綿(木綿ではありません)の生地は分解することで洗えたので汚染によ経年劣化が少ないのです。古い歴史遺産として、当時の日本の衣類が残されているのはこれが理由です。
直線縫製による衣類の文化は、最古代史料でも確認できるので、ヨーロッパを含まないユーラシア大陸文化の初期には完成されていたようです。日本の着物に酷似した民族衣装が現役の国として、ブータン王国の衣類に見られます。特に「縞」は酷似しています。
では、洗濯を前提として縫製しなかった洋服はどうなっていたのでしょうか。
ドライクリーニングが発明されるまで、下着以外は洗濯しなかったのです。